TOP > 仕事と介護の両立コラム > 社会保険の知識が介護離職を防ぐ

仕事と介護の両立コラム 社会保険の知識が介護離職を防ぐ

2020.08.20

「社会保険払っている方は挙手をお願いします」と聞けば、多くの方は挙手をします。「では、払っている社会保険を教えてください」と質問すると目線を合わせてくださる方は少ないです。私は、この事象が介護離職に繋がっている、と考えています。
少し前のコラムで「企業が介護離職防止に取り組むべき理由」の一つとして「社会保険加入義務者の説明責任」と説きました。社会保険と介護離職が結び付かなかった方も多かったようなので、解説いたします。

「お母さんを扶養にしますか?」

私はいまから24年前の25歳の時に父をくも膜下出血で亡くしました。享年58歳でした。当時母は55歳で専業主婦でした。お葬式やらなにやらで忌引きが終わり、会社に行って総務の課長に「この度はお手伝いなどたくさんのことをしていただき、ありがとうございました」とご挨拶にいきました。その時に総務の課長に言われた言葉があります。
「お母さんを扶養にしますか?」
25歳妙齢女子に「扶養」という言葉はあまりにも重かったです。
自己中でわがまま放題に育ってきた私には
『え?私はお母さんを養うの?そんなことしたら、結婚も遠のくし、自由がなくなっちゃう!』と「扶養」にすることを全力で拒否しました。ちなみに、この頃はまだ介護保険制度は始まっていません。

月日は流れ・・・・

いまから16年前、私が32歳の時に母が病気になりました。病気になったので、病院に通わせ始めたにもかかわらず、私が33歳になったころには、病気は治るどころか悪化し、とうとう精神科病院への入院という状態にまでなりました。
社会の仕組みを知らなかった私は「入院=お金がかかる=夜のバイトでもしないとダメかも・・」と真剣に悩みました。
母の病状には不安しかないし、自分の生活も不安しかないし、病院という謎の組織にも不安しかないし、病という恐ろしいものに私の生活や価値観や将来は全てのみこまれていきました。
泣く泣く入院手続きをしていると、ポロシャツにエプロン、大きな名札を付けたお姉さんが「困ったことはありませんか?」と声をかけてくださいました。今思えば、PSW(精神保健福祉士の資格をもった相談員)だとわかりますが、当時の私には「ボランティアの方かな?」という認識です。
つまり、私は病院に「相談室」というところがあって、そこに「相談員」という専門職がいることを知りませんでした。
せっかく声をかけてくださったし、私は「お金」のことが気になっていたので、その相談をしました。すると彼女は「お母さまはコクホよね?コクホであれば〇%△$#?!・・・・・・」彼女はとても優しかった印象は残っているのですが、何を言ってるのかさっぱりわからなかった、という記憶があります。「コクホ」という言葉につまずき、それ以降の言葉が頭に入ってこなかったのです。ちなみに、この頃はすでに介護保険制度は始まっていましたし、母も65歳でしたので、介護保険が使える年齢でした。「コクホ」を知らないわけですから、介護保険などはみじんも気づいていませんでした。知っていたら、人生の選択肢が変わっていたかもしれません。

そして、さらに月日は流れ・・・

いまから10年ぐらい前、母が70歳の時に、何度目かの入院がありました。この時点で入退院を繰り返してきた我が家にとって「入院」に関しては慣れてきていました。ところが、母のお見舞いに行ったときに、PSWに「お母さんは高齢だから、地域の施設でサービスを受けた方がいいと思います」と言われました。『あぁ、見捨てるのね・・』と私は感じました。「そうですか、じゃぁどうしたらいいのでしょうか」と聞くと、PSWは「地域ホウカツシエンセンター」に行ってみたらどうでしょうか」と言いました。「地域ホ・・・・?!何ですか、それは?」と聞くと、「市役所に問い合わせてみてください」と言われたことを覚えています。

いまだから、思う事、わかる事

言葉がわからない、仕組みがわからない、という制度的なことからくるストレスは未然に回避または、いまより軽減出来ると考えます。私は当時「言葉の虐待を受けた」と言っていたほど、専門職が大嫌いでした。でも、よく考えれば、専門職が使っていた言葉の半分は「社会人として常識として知っていなくてはいけない言葉」だったと思います。つまり、当時の私はただ単に逆ギレしていただけという事なのです。でも、実際にこのような知識の欠如が私の価値観を変え人生観を変え、心をパサパサにし、人生を負のループへ導き、介護離職までは行かなくても介護転職という選択をとらせたことは事実です。
私は、介護者支援を志そうと思ってからたくさん勉強しました。特に私は社会保障等の制度については「知らぬは損だ」という思いから一生懸命調べました。奏しているうちに、あの時の総務課長の言葉を思い出したのです。「お母さんを扶養にしますか」です
総務の課長が私に言った「お母さんを扶養にしますか?」という言葉は、私が母を養うかどうか、そんなことを問うているのではなく、課長のお立場として、健康保険や税務上の「扶養」にするのであれば、手続きが必要だから私に問いかけたわけです。
25歳当時の私は大きな会社で努めていましたので、医療保険はその会社の健康保険組合に加入していました。そして、父が亡くなった時に母を私の「医療保険の扶養」にしていれば、母は「国民健康保険」に加入する必要はなかったのです。つまり、保険料を払う必要がなかった、ということです。もっといえば、25歳妙齢女子に社会保険の常識が携わっていれば、母の老後の貯金を今より少しだけ多く残せたかもしれないのです。次いでにいえば、税務上の扶養にすることで、独身貴族であった私の支払った税金も少し戻ってきたかもしれないですね。

私は社会保険の仕組みは一切知らない社会人でした。もっと言えば、給与明細などは見たことがない、という不届きものです。ですから先の課長の言葉にも反応できなければその後に降りかかる「コクホ」という言葉も何がなんだかわからなかったのです。
「コクホ」というのは、国民健康保険の略称です。社会保険の一つである「医療保険」の一つの種類です。当時の私は、民間の生命保険だろうと、自分の健康保険だろうと、車の保険だろうと「保険」という類でしか物事を知らなかったので、PSWに「コクホ」と言われた時に、何を言っているのかさっぱりわからなかったのです。もし「コクホ」という言葉をしっていたら、その言葉に続く話が耳に入ってきたかもしれません。

そして、母70歳の時、私は40歳です。恥ずかしながら語彙の少ない私は「包括」という言葉を知りませんでした。なので、PSWの放った「地域ホウカツシエンセンター」という言葉が脳内で漢字に変換できませんでした。また「センター」という言葉に翻弄されてしまい、わが町には「健康増進センター」という大きな建屋があるのですが、そのような「センター」という建屋があるのかな?どこにあるんだろう?新しい建屋が出来たのかな?と首をかしげながら、市役所に電話したのを覚えています。
市役所に電話したら「とりあえずいらしてください」と言われたので、市役所に言ったところ、介護保険課の窓口の隣に「地域包括支援センター」という札が市役所の天井からぶら下がっていました。「センターじゃなくて、窓口じゃん!」と心で突っ込んだことも覚えています。

地域包括支援センターは介護保険法の機関です。2005年から始まっています。そしてその介護保険は2000年から始まった、社会保険の一種です。年金と言えば年金事務所、雇用保険と言えばハローワーク、労災と言えば労基署、医療保険と言えば病院、介護保険と言えば、地域包括支援センターなのです。つまり、社会保険の知識が一般常識となれば、自ずと介護保険、それに付随する地域包括支援センターも一般常識になるはずなのです。

40代・50代で、親の介護経験がある人に聞く「実際に親の介護で困ったこと」
アクサ生命「介護に関する親と子の意識調査 2019」 2019年8月9日 発表より抜粋


「自分の精神的な負担」がダントツの1位です。家族介護者が精神的な負担が不安って、当然と言えば当然です。いまだかつて目にしたことのない人間の姿や、それにまつわる家族親族のそれぞれの思惑、家庭での価値観が崩れれば、人生の価値観も崩れ、今まで気づかなかった会社の人間関係にも目が行くようになったり、と、とにかく人生丸ごと変わっちゃうぐらいの大きな衝撃なわけです。その衝撃的な事実を理解したり、受け止めたり受け入れたり、受け流したりするには時間も気力も体力も必要なのです。さらに言えば、今はわかったつもりでも、明日はどうなるかわからない、という不安を常に抱えています。なので、親の介護で困ったことが「精神的な負担」という言葉になって現れるのは当然と思います。その精神的負担との付き合い方がわからなかったり、間違ってしまったりすると、介護離職したり事件事故に発展してしまったりすることもあります。
また、その精神的負担には、これらのある意味「感情」的なストレスだけではなく、「わからない」「知らない」からくる不安やストレスも少なからず、いや、多大にしてあります。
そして、この「わからない」「知らない」からくる不安やストレスは、日本人の知識的な常識を少し変えることで、軽減出来るのです。

社会保険の一般常識化が介護離職防止に役立つ

家族介護はどのみち「つらい」です。精神的負担は大きいです。ストレスしかありません。ただ、制度的なことや、もっと掘り下げれば「用語」を知っている、いや、耳にしているだけでも、実は介護ストレスを軽減することができるはずなのです。そして、介護保険は社会保険のラインナップの一つであり、医療保険や年金保険のように当たり前に人々の生活を支え、当たり前に受給するものという風潮になれば、それは介護離職防止に大きく貢献します。
しかし、残念ながらいまはまだ社会保険の知識が一般常識化されていません。もしかしたら、一部の人たちには「そんなことは一般常識です」と考えられているかもしれません。であれば、あえて言いますが「介護保険が一般常識がされていません」です。

社会保険について、または介護保険について知っている状態をスタンダードにする、これこそが企業がするべき「介護離職防止対策」です。
企業は社会保険加入義務があります。そして、社会保険料の半分は会社が負担しています。会社が負担している、ということは、従業員みんなの努力で得た利益の一部を使っている、ということです。介護保険に加入しているしていない、は関係ありません。
社会保険について従業員に説明することは、経営者の義務だと私は考えます。

自分の無知を棚にあげますが、社会保険の知識のない社会人を作っているのは経営者の責任です。仕事と介護の両立支援に取り組まなくても、介護離職防止対策が遅れていても、給与明細の読み解き方は新入社員研修の必須科目にして下さい。

文責 和氣美枝

記事一覧

サービス一覧

お気軽にお問い合わせください

03-6869-4240

メールで問い合わせる

ページの先頭へ